東洋大学白山ラジオサークル「FAM」

こんにちは。東洋大学白山ラジオサークル「FAM」のBLOGです。

地球は救うが争いは止めない

 

みなさんこんばんは、木曜日担当の土井です。

 

今回は先週「別の時にまたするかも」と書いた超能力の話の続きです。

なんでこんなにすぐに書くことになったのかというと、それは明日『アメイジグスパイダーマン』がテレビで放送されるからだったりします。

書くことに困ったときに書こう……なんて思っていた内容ですが今週、しかも明日放送ともなれば今書くのがいいかな、なんて思って今週書くことにしました。

 

ここまで読んでお気付きの方もいるかとは思いますが、今回の超能力はテレパシーや空中浮遊だけではなく『人間を超えた能力』です。

それも映画や漫画、ドラマの登場人物が持つようなものです。

今回は超能力を持つ『ヒーロー』と呼ばれる人たちの話をひとつ。

 

 

そんなわけで早速本題にいきます。

今回の空想は「ヒーローたちに心休まる日はあるのか」です。

でも別に、ヒーローたちには次から次に敵が現れるから……みたいな話がしたいわけではないのです。

 

ヒーローは何故ヒーローなのかといえば、誰かの危機に現れ救いの手を差し伸べるからです。

そうすることができる力を持っているから彼らはヒーローなのです。

しかしそれだけの力を持つ彼らの日々はきっとどうしようもなく過酷のものなのだろうな、と私は思うのです。

ヒーロー活動をすることができる程の力を持つ彼らも人です。

時には休息を取ることも必要です。

しかし彼らが休息を取っているその瞬間も彼らの住む町で、国で犯罪が起こっています。

それが彼らにとっての苦しみなんだろうな、と思うのです。

 

もっとはっきりと書くと、

「休む時間を削れば削った分だけ確実に人を救える。けれどもヒーローも人間の心を持っている。休まなければ心は持たない。けれども休めば傷つく誰かを救えない」

ということです。

 

こんな苦しみを持つヒーローに心が休まるときなどあるのでしょうか。

 

おそらく無いのではないでしょうか。

 

そんな事情があるから、彼らはいつもスクリーンの向こうで町や国、世界といった「全ての人を一度に救うことができる」ものだけを救おうとしているのではないかと思うのです。

1人だけの危機を救ってしまえば他の全ても救わなければいけなくなる。それでは精神が持たないから全てだけを救おう、と思っているのかも。

戦争は止めないけど地球は救う、みたいなところがヒーローにはあるのかもしれないですね。

 

地球にぶつかる隕石は壊しても隣町の強盗は捕まえない。太陽の爆発は止めても遭難者は探さない。

自分の生活圏から見える世界だけを全て平和にする。それが『ヒーロー』であり続けるコツなのかな、なんて思いました。

スクリーンは主人公から見た世界が中心だし、それも世界が平和になったように見える理由かな、とかも考えたり。

 

超能力を持つヒーローの日常シーンに何気なくテレビのニュースを見たり新聞を読むシーンを定期的に挟むと、きっと終わりの頃には疲れきっているんでしょうね。

 

そういえば『スパイダーマン』では主人公は警察無線を傍受していたんです。

それを見たときには「よくここまで頑張れるなぁ……。いつか壊れてしまうんじゃないか……」なんて心配したりしてました。

明日の『アメイジングスパイダーマン』で主人公がどうやって守る範囲を決めるのか楽しみです。

 

 

それでは今日はこのあたりで。